どんな社会・子どもを育てたいのか @20260124「『学び合い』千葉×東京の会」での質問に答えて(抜粋)
ここを作った理由と、ここで実現したいこと
ここを作った理由
私は(2006年~2018年まで)中学校の先生だったので、1クラスに2~3人は不登校がいる状態でした。2人から3人で、僕(が担任したクラス)は少ない時は1人だったですけど、(1クラスに)2人から3人いるのは普通でした。
(そんな中で、学校に通えても通えなくても誰もが)自由に生きてく(ことが大事だと思って)。
別に勉強できなくても、いくらでも生きていける。自分の心が整えば生きていけるわけで学校じゃない場所があっていいんじゃないか(と思って)。
あと(2018年~2022年まで)千葉のフリースクールのボランティアに月1回行ってて、会計も見ていて、建物もあるから(フリースクールは経営可能で)、やれば反響(= ニーズ)があるだろうと思いました。
ここで実現したいこと(社会や教育に対しての想い)
~ 誰もが自由に生きられるようにしたい ~
僕が社会に対して・教育に対して根底でもっている想いは
苫野一徳さんの『どのような教育が「よい」教育か』っていう本で語られている、
「自由の相互承認(の感度がある社会)」(で生きたい)です。
自由の相互承認が、何のために必要かって言うと、
誰もが幸せを感じるポイントが、究極的には「自由である」ということだから。
選べる状態にあるということ。
選べない不自由さこそが不幸であって、
選べるっていうことの中に置かれているということが自由だし、それが幸せ
という、人間の洞察が(本の中に)あります。
じゃ、その選べる自由がある状態、
誰もが選べるものがある状態にする(自由である)ためには
世の中としてどんなことが必要なのかって言うと、
相手の自由を認めるという自由の相互承認の感度(が育っていることが重要)。
そういう感覚を持ってるし、
そういう行動ができるという大人が揃っていることが、
自由が = 自由の相互承認が、認められてるし、
その結果自由が保証されてるし、みんなが幸せ。
という風になっているということなんです。
(以上『どのような教育が「よい」教育か』より → https://amzn.to/4aOJa1R )
そうすると、フリースクールを通して伝えたいこと、(児童生徒に)なって欲しいことは
自由の相互承認の感度を高めるということなんです。
それが1番ですね。
~ スタッフから(やるべきことの)提案をしない、ただ寄り添う ~
ここは、スタッフ側から「ね、これやったらどう?」っていう提案はしないです。
例えば、お弁当忘れちゃったっていう人がいるんですけど、
そうすると「どう解決しようか」っていう風に普通は働くから、
「お家に電話してみる?」とか、「お家に帰る?」とか聞いたりとか、
「え、どうする?」とかって言う(ことになりがちな)んですけど、
子供が教材として受け取ればいいわけで、
どうしたいのかを観察し寄り添っていくということですね。
「お弁当忘れちゃった」って言われたら
「あ、忘れちゃったね」っていう感じです。
「忘れちゃったね」って言って返答を待つ。
「お腹空いてやだ」って言ったら
「あ、お腹空いたんだね。どうしようか」っていう感じですかね。
「帰る」って言えば帰って取り行けばいいし、
「近くで買い物して買ってくる」って言えばそれもいいし、
解決策は無数にあるので、
そこを考えることがその子の人生を強くするというか、
そこで自由を獲得していく方法を身につける、ということで、
何が起きてもそれが教材。
今は人数が 8人なので、比較的自由にできているんですけど、
これが増えてくると、自分の自由と隣の子の自由がバッティングしてくる。
例えば、私は静かにしていたい、絵を書きたい。
だけど、隣の子は誰々ちゃんと遊びたい。だから遊ぼうよって話になる。
その時に、合わせなくちゃいけないわけでも、喧嘩しなくちゃいけないわけでもなく
お互いが自由に過ごすということをスタッフが考えて見守ってあげる。
揉め事になったら、「今、何が起きてるのかな」っていうことで
お互いがいる前でお互いの話を聞くってことですね。
学校の先生によっては揉め事が起きた時には
分けて1人ずつ聞くという方法を取る人もいますけど、
それは「先生が」解決しようと思うからですよね。
そうではなくて、僕が思うのは、
相手の心情をお互いが理解した時には第3の答えが生まれてくるっていう感覚なんですよ。
それは法律的に正しいこととは限らないし、
民主的な結果になんないかもしんないけど、
お互いの心情が分かれば、もうそのことは忘れちゃって別の遊びをするかもしれないし、
分かっただけで結構満足だったり、仲良くなれたり、いろんなことが起きるので、
そのお互いの気持ち、行動のわけとか状況をお互いが知る・伝わる手助けを大人はする
っていうイメージです。
それがここ
なので、コミュニケーションの仕方を学ぶことで、自由の相互承認の感度が育つ
で、自由に生きられるようになるということですね。
それを1回で解決するんじゃなくて、
ここにいる間、2年、3年、4年、5年、6年かけて、
身につけていったらいいなという風に思っています。
それがフリースクールを通して、
どんな子供たちに育てたいのか・どんな社会を作りたいのか、
この自由の相互承認の感度がある大人を育てるということですね。


